今市大念寺古墳|国史跡の巨大石室と石棺で想像する、6世紀の出雲王の姿
日本に十万基以上あると言われる古墳ですが、その多くは長い年月の中で木が生い茂り、国史跡であったとしても墳形すらしっかり見学することはできません。墳丘に登れる古墳でも、石室の中に入れて石棺を拝見できるものとなるとかなり数が限られます。それに加えて大量の副葬品が出土し、それらが重要文化財に指定されている古墳となるとごくわずか。そんな大変貴重な古墳が島根県出雲市にあります。今回ご紹介するのは、国の史跡に指定され、石室の中に入ることができ、さらに立派な石棺も残存している上に、重文指定の副葬品が出土した古墳です。
今市大念寺古墳(6世紀前半)
JR出雲市駅から東側へ15分弱歩いたところに大念寺(だいねんじ)という寺院があり、その後背の丘陵を登ると今市大念寺古墳(いまいちだいねんじこふん)があります。墳丘の半分が崩れていて形状は定かではありませんが、全長90m以上の前方後円墳で6世紀前半(古墳時代後期前半)頃の築造と言われています。
石室は南側に開口していて、中を覗くと前室と奥室から成る複室構造の横穴式石室であることが分かります。すでに奥室の石棺が見えていますが、前室にも石棺の底石があります。側石や蓋石は長い年月の中でどこかに紛失してしまったのでしょう。
奥室の石棺は凝灰岩を使ったくり抜き式のもので、棺身と蓋が完存しています。長さ3.3m・幅1.7m・高さ1.9mの巨大な石棺で、横に立つだけでこの棺の中で眠っていた人物の権力の大きさを感じずにはいられません。
石室は自然石や割石を用いたもので、奥室の高さは3.3mもあります。江戸時代に一度発掘された時にはおびただしいほどの大刀や馬具が出土したようですが、残念ながら多くは散逸してしまいました。この古墳の後室に葬られた人物は出雲国の西部(いまの出雲市内)を支配していた王だと見られています。前室に埋葬された者は王の親族にあたる人物でしょうか。
上塩冶築山古墳(6世紀末)
その後、王の地位に就いた人物はどこに眠っているのか。その古墳と見られるのが、大念寺から南へ30分弱歩いたところにある上塩冶築山古墳(かみえんやつきやまこふん)です。この古墳は、6世紀末に築造された円墳で、直径は約46mと見られています。
この古墳は今市大念寺古墳とは異なり玄室が一室で構成されています。石材は同じ凝灰岩ですが、自然石ではなく加工された切石が用いられていました。石室の全長は15m近くに及び、山陰地方で最大規模を誇ります。奥壁はなんと一枚岩で形成されていました。
石棺は奥壁に沿って一つ、その手前に垂直に一つ置かれていました。手前側の石棺の方が大きく、今市大念寺古墳の石棺には及ばないものの、長さ2.8m・幅1.5m・高さ1.7mもあり、出雲西部を統治した王の石棺として堂々たる構えです。
この石室から出土した数多くの副葬品は重要文化財の指定を受けており、出雲弥生の森博物館で展示されています。奥側の小石棺からは、珍しい形状の金銅冠が出土しており、中央のヤマト王権から下賜されたものだと想定されています。
このころ、地方の豪族は配下の民衆を引き連れてヤマト王権の大王に奉仕する制度(部民制)がありました。上塩冶築山古墳の奥側の小石棺にはこういった制度のもと中央に出仕した王子が埋葬され、手前の奥側の大石棺にはその親が眠っていたのかもしれません。
上塩冶地蔵山古墳(7世紀前半)
上塩冶築山古墳から南へ徒歩10分程度のところに上塩冶地蔵山古墳(かみえんやじぞうやまこふん)という古墳があります。大規模な削平を受けていてもはや形状が分からなくなっていますが、石室への入口は健在です。
前室と奥室のから成る複室構造で、前室と奥室の間には加工された切石を2つ使って特殊な仕切りもありました。
綺麗に加工された切石による横穴式石室が7世紀の特徴を示しています。今市大念寺古墳(6世紀前半)で見た自然石の石室と比較すると、100年ほどに間に技術が著しく向上したことが見て取れます。
奥室は側壁・奥壁ともに一枚岩で形成されていて、奥壁に水平に石棺が置かれています。地蔵山という名前からも察するように、石室の中は仏堂になっていて石棺にはお地蔵さんが安置されています。上塩冶地蔵山古墳は、築山古墳の次代の王墓(7世紀前半)だと見られています。
6世紀から7世紀にかけて(古墳時代後期から末期)出雲西部を統治した王たちのものと見られる墓を見てきました。街の開発が進んで分かりにくくなっていますが、3基の古墳は、南から北へゆるやかに伸びる丘陵西麓に沿って築かれていることが分かります。平野側に暮らす民衆からはこれらの古墳がよく見えていたことでしょう。
国史跡に指定されて中に入れる横穴式石室が近距離に立地しているのはとても恵まれた環境です。しかもどの古墳でも石棺が残っており、上塩冶築山古墳にいたっては出土品が重文指定のうえ近くの博物館で見ることもできるのです。出雲にお越しの際はぜひ立ち寄ってみてください。
基本情報
- 指定:国史跡「今市大念寺古墳」「上塩冶築山古墳」「塩冶地蔵山古墳」
- 住所:島根県出雲市上塩冶町 外
- 施設:出雲弥生の森博物館・島根県立古代出雲歴史博物館(外部サイト)