吉武高木遺跡|福岡市博物館で見る、弥生時代の最古の王墓

弥生時代中期の後半になると、北部九州では2つの王墓が出現しました。奴国の須玖岡本遺跡と伊都国の三雲南小路王墓です。この王墓の特徴は、特定の個人(王)や特定のペア(王と王妃)を他とは区画して埋葬し、鏡、武器、装身具などを多量に副葬していることでした。この墓の形態は弥生時代後期にも踏襲され、その後、巨大古墳として結実していきます。では、この2つの王墓が誕生する前は、どのような形態の墓で王たちは埋葬されていたのでしょうか。その原型とも言える墓は、実は奴国や伊都国の領域内ではなく、伊都国と奴国の間にある早良(さわら)と呼ばれる平野に出現しました。福岡市博物館で、王墓誕生前夜の様子を見ていきます。

吉武遺跡

吉武遺跡|国土地理院(跡ナビ編纂室編集)

吉武遺跡では、高木地区・大石地区・樋渡ひわたし地区の3地区から王墓と想定される墓域が見つかりました。この3地区はそれぞれ時代が異なっており、以下のように推定されています。吉武遺跡全体では、甕棺が1,000基以上見つかっており、まだまだ地中に眠っている甕棺も多いとのことです。

高木地区(吉武高木遺跡)

甕棺墓を中心とした墓地の中に、ある領域だけ他とは異なる特徴を持った墓域がありました。この墓域にあった墓はすべて同じ方向を向いており、棺の中には鏡や武器、装身具などが埋葬されていたのです。

吉武高木遺跡発掘現場|福岡市博物館(復元模型)

この墓域からはたくさんの豪華な副葬品が見つかりました。特に「3号」と番号を付けられた木棺墓には、銅鏡1枚、銅剣2本、銅戈1本、銅矛1本、翡翠製勾玉1個、碧玉製管玉が副葬されており、質・量ともに一番の墓でした。おそらく3号木棺墓にはこの地域で一番の有力者が埋葬されていたのでしょう。

吉武高木遺跡3号木棺墓副葬品■重文・弥生時代|福岡市博物館

これらの副葬品で注目すべきは、「鏡、武器、装身具」という構成がこれ以降の王墓に共通する点です。特に「鏡、剣、玉」と言えば、歴代天皇に受け継がれていく「3種の神器」にも相当し、その起源が弥生時代中期初頭の北部九州ですでに現れていたということになります。このことから、この3号木棺墓は「最古の王墓」とも呼ばれるようになりました。

しかし、これだけ優れた副葬品をもつ墓であっても、王が単独で埋葬されるわけではなくその他の者たちと同じ領域に埋葬されていました。王やそれと親しい有力者の集団からなる墓群を「特定集団墓」と呼びます。

大石地区・樋渡地区

大石地区では200基の甕棺群の中で7基の甕棺だけに青銅製武器や装身具が含まれていました。高木地区の3号木棺墓に比べると、鏡が入っていないなど質は劣りますが、この7基が特別な扱いを受けた特定集団墓であることは間違いないでしょう。

吉武遺跡樋渡・大石地区副葬品■重文・弥生時代|福岡市博物館
左から樋渡地区出土の鉄刀、鉄剣、鉄刀子、大石地区出土の銅矛、銅剣、銅戈。

続く樋渡ひわたし地区では、高木地区や大石地区とは異なり、他の墓から区画された墳丘に特定集団墓が形成されていました。25m✕27m、高さ2mの墳丘の中には、甕棺30基、木棺1基、石棺1基が埋められていました。この内、甕棺6基と木棺1基から鏡、武器、装身具が出土しました。弥生時代中期後半になると、墳丘内に埋納することで他とは区画された墓域を築いていたようです。

王墓の変遷

樋渡地区の墳丘内「特定集団墓」の時代は弥生時代中期中頃~後半です。同じく弥生時代中期後半の王墓とされる三雲南小路王墓みくもみなみしょうじおうぼ須玖岡本王墓すぐおかもとおうぼとの前後関係ははっきりとは分かりませんが、特定の個人・ペアのみを墳丘内に埋葬する「特定個人墓」の前段階として、樋渡地区のような墳丘状の「特定集団墓」があったと考えられます。弥生時代中期を通して、特定の個人をより際立った存在として埋葬する形態に変化していったことが想定されます。

早良の王族たちのその後

吉武遺跡が立地する場所は早良さわらと呼ばれますが、弥生時代後期後半の北部九州について書かれた『魏志倭人伝』には「早良」を彷彿とさせる国(クニ)の名称はありませんでした。突出した個人を埋葬した墓が現れなかったことが示すように、この地域の勢力は奴国や伊都国に比べて劣位に陥ったのかもしれません。やがて、隣国に統合されてしまったのでしょうか。

しかし、弥生時代中期前半の時点で、これだけの副葬品をもった墓は他に見つかっておらず、この地域が奴国や伊都国よりも早く勢力を確立したのは間違いないでしょう。この勢力はクニを形成するには至らなかったものの、王を埋葬する墓の原型はここに誕生したのです。

福岡市博物館では、国の重要文化財に指定された貴重な出土品を通して、王墓が確立されるまでの墓の変遷をたどることができます。

基本情報

  • 指定:国史跡「吉武高木遺跡」
  • 住所:福岡県福岡市西区吉武
  • 施設:福岡市博物館(外部サイト)