円覚寺|北条時宗による禅寺。貞時から変わりゆく鎌倉時代後期の得宗専制
鎌倉時代中期末の得宗専制
鎌倉時代中期に活躍する北条時宗は1251年に得宗家の嫡子として誕生しました。この頃、幕府草創以来の有力御家人はほとんどが滅亡し、残った北条氏と安達氏は姻戚関係により固く結ばれていました。北条時宗の祖母"松下禅尼"は安達景盛の娘、正妻"堀内殿"は安達義景の娘です。父亡きあと、得宗(北条氏嫡流)を引き継いだ時宗は義兄の安達泰盛とともに幕政を主導していくことになります。

1268年、モンゴル帝国からの国書が時宗のもとに届きました。日本にとっての「元寇(蒙古襲来)」の始まりです。この年18歳で執権に就任した北条時宗は、服属を迫るモンゴル帝国国使に対して厳しい姿勢で対処します。その傍ら、モンゴル軍の来襲に備えて御家人たちに北部九州の防備を固めさせました。
外敵に立ち向かうためには内部の統制も強める必要があります。この頃、九州3か国(筑後、肥後、大隅)の守護職には名越流の北条時章が就いていました。名越流と言えば、"北条氏繁栄の祖"北条義時から分かれた庶流の1つ。得宗家の永遠のライバルともいえる存在です。北条時宗は九州の防備体制について時章と対立したのか、1272年2月、突如として時章とその弟(教時)を自らの被官(御内人)に討たせました(二月騒動)。
北条時宗は血で手を汚しながら獲得した九州守護職のうち、肥後国には義兄の安達泰盛を配しました。九州御家人の統制を強化したことで、1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)の二度の蒙古襲来(元寇)を克服することができたのです。
北条時宗と無学祖元が建立した円覚寺
敵も味方も多くの者が死んだ元寇を経験し、時宗は仏教に心の平穏を求めて禅への帰依を深めます。文永の役後、禅僧である無学祖元を南宋から招き、亡くなった者たちの鎮魂を祈って円覚寺を建立しました。

総門に入る前にぜひ見ていただきたいのが白鷺池(びゃくろち)です。JR横須賀線が開通されたために総門と分断されていますが、この池も円覚寺の境内でした。創建当初の面影を残す数少ない遺構で、国名勝にも指定されています。

扁額は北条貞時の時代に伏見上皇から賜ったものだと伝わる。
円覚寺は弘安の役後すぐに落成しますが、最も繁栄するのはその後しばらくたった鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて。鎌倉五山の第二位に数えられました。総門より奥は、山門、仏殿、法堂跡、方丈が一直線に並ぶ典型的な禅宗寺院の伽藍配置をとっています。

創建時から、方丈の裏には庭園がありました。年月とともに荒廃していましたが、平成になって江戸時代の絵図をもとに部分的に復元されたのが「妙香池(みょうこうち)」です。

1284年に北条時宗が没した後、その廟所は円覚寺内に設けられ「佛日庵」と呼ばれました。その2年後に没した無学祖元の廟所「正続院」は、佛日庵の隣に建てられていた舎利殿にあてられました。現在の「舎利殿」は創建時のものではなく、別の寺から移転された室町時代の建築です。限られた期間にしか公開されませんが、禅宗様を色濃く残すと言われます。

最奥に見える杮葺きの屋根が舎利殿。
北条貞時から始まる混迷の鎌倉時代後期
北条時宗の没後、得宗家は息子の貞時が継承しました。このとき得宗一門の親族はみな亡くなっていたため、当時13歳の貞時は外戚と乳母夫を後ろ盾とせざるをえませんでした。こうして幕府内で発言力を強めたのが、安達泰盛と平頼綱です。

1301年に北条貞時が国家安泰を祈って寄進したもの。
安達泰盛は貞時の叔父にあたり、身分としては御家人です。そのため、「弘安徳政」と呼ばれる、御家人に寄り添った政策を打ち出していきました。しかし、これを快く思わない平頼綱の讒言によって、1285年11月に一族もろとも滅ぼされてしまいます(霜月騒動)。
この事件の後に台頭した平頼綱は貞時の乳母夫で、身分は御内人(みうちびと)です。御内人とは北条得宗家の被官のことで、頼綱はその長官「内管領(うちのかんれい)」を務めていました。御家人(ごけにん)は鎌倉将軍の直臣ですが、御内人(みうちびと)は鎌倉将軍の陪臣です。こうした立ち場にある平頼綱は弘安徳政をことごとく停止し、得宗家への権力集中を進めていきました。しかし、かえって北条貞時に危険視されたために1293年に討たれてしまします(平禅門の乱)。
北条時宗のときに起こった二月騒動でも、実行者となったのは得宗家の被官でした。鎌倉将軍の直臣(御家人)ではなく、陪臣(御内人)が歴史の表舞台に出てくるようになったのです。源家一族による鎌倉将軍の親政で始まった鎌倉幕府は、北条義時が実権を握る執権政治へと移り、やがて得宗家(義時の嫡流)が権力を独占する得宗専制に変わっていきました。北条貞時が得宗を継承したときには御内人が実権を握るようになり、鎌倉時代は最終局面に突入しようとしていました。
基本情報
- 指定:国史跡「円覚寺境内」「円覚寺庭園」
- 住所:神奈川県鎌倉市山ノ内
- 施設:円覚寺(外部サイト)