安土城|織田信長が築いた最後の城郭。信長は"天正"の時代をどう戦ったか?新着!!
安土城の歴史と見どころ|滋賀県安土町にある特別史跡。織田信長が築いた安土桃山時代の城郭です。豪壮な天主閣を構えた総石垣造りの最初の城郭で、天主台石垣や伝黒鉄門などの遺構が残っています。天正4年に築城が開始され、天正10年の本能寺の変で信長が滅んだのに伴い天主閣が焼失しますが、天正11年に信長の孫・三法師が入城しました。
二条城|徳川秀忠と家光が大改修した狙いとは?後水尾天皇の寛永行幸
二条城の歴史と見どころ|京都府京都市にある国史跡・世界遺産。徳川秀忠と家光が築城した平城です。城域西側には、後水尾天皇の行幸に合わせて作られた雅な唐門や庭園が現存しています。一方、城域東側は幕府の武力を朝廷に示すかのように、装飾性のない防御施設が建設されました。
二条城|外から見ても面白い!外堀で楽しむ、徳川家康と家光の城郭遺構
二条城の歴史と見どころ|京都府京都市にある国史跡。江戸時代に徳川家康が築き、その孫・家光が大改造した平城です。家康は城の東側部分を築き(慶長期)、家光は西側に拡張するとともに全体を大改造しました(寛永期)。外堀に沿って歩くと、南西隅と南東隅に家光による二重櫓を見学できるほか、慶長期や寛永期の石垣の違いを観察できます。堀川沿いにも慶長期の石垣が現存しています。
今帰仁城|琉球"三山時代"の山北王の城塞。本州より100年早い石垣の城とは?
今帰仁城の歴史と見どころ|沖縄県今帰仁村にある国史跡・世界遺産。三山時代の山北王の城塞です。古期石灰岩による野面積みの石垣は総延長1.5kmにも及び、沖縄屈指の名城と名高い。大小様々な郭で複雑に構成され、尚巴志の軍と激戦を繰り広げたと伝わる。
元寇防塁|蒙古襲来を防いだ石築地!元寇後に御家人はどう変わった?
元寇防塁の歴史と見どころ|福岡県福岡市にある国史跡。鎌倉時代後半の元寇(蒙古襲来)に備えて築かれた石築地です。御家人役として九州各国の御家人が築造し、推定総延長は20kmに及びます。各地の防塁跡には御家人が各々の工法で築造した様子が現れています。
鷹島神崎遺跡|松浦市埋蔵文化財センターで見る、蒙古襲来"元寇"
鷹島神崎遺跡の歴史と見どころ|長崎県松浦市にある国史跡。鎌倉時代中期に起こった弘安の役の戦場跡です。モンゴル帝国が日本に侵攻した際に沈没した軍船やモンゴル軍の遺物が出土し、松浦市埋蔵文化財センターに展示されています。
古代宮都|王宮・王都を徹底解説!史跡と模型で見る、日本の都の移り変わり
初めて飛鳥の地に王宮を築いた推古天皇の時代以降、日本は古代国家としての歩みを始めます。その後、藤原宮・平城宮・平安宮と発展しながら日本は古代国家として成長し、同時に王都も拡大していきました。飛鳥時代から平安時代まで宮都の変遷を辿りながら、古代日本の歴史を概観します。
古代山城|飛鳥時代の謎多き山城を徹底解説!近世城郭との違いとは?
日本における城郭の歴史は古代まで遡り、最初の築城は飛鳥時代でした。この時代には「朝鮮式山城」と呼ばれる史書に城名が記された城と「神籠石式山城」と呼ばれる名もなき城が、西日本を中心に築かれました。これら「古代山城」の謎に迫っていきます。
後期難波宮|聖武天皇が再建した副都。藤原式家との奇妙な関係とは?
難波宮は大阪府大阪市にある国史跡。2層から成る遺跡で、上層は奈良時代に聖武天皇が築いた後期難波宮の遺構です。独立した大極殿院が特徴で、その中央には巨大な大極殿の基壇跡が復元されています。
宮跡庭園|平城京左京三条二坊にあった離宮庭園と長屋王の邸宅
宮跡庭園は奈良県奈良市にある特別史跡。平城京左京三条二坊六坪にあった離宮庭園の遺構です。奈良時代中期、小川の流路を活かしながら大規模な造成を行い、技巧を凝らした池泉式庭園が整備されました。同坊内では庭園のほか、奈良時代前半の左大臣・長屋王の邸宅跡も発見されています。
前期難波宮|孝徳天皇の長柄豊碕宮。大阪"難波"で始まる律令国家への第一歩
難波宮跡は大阪府大阪市にある国史跡。2層から成る遺跡で、下層は飛鳥時代に孝徳天皇が築いた難波長柄豊碕宮(前期難波宮)の遺構です。広大な朝庭と14棟の朝堂から成る朝堂院が特徴で、孝徳天皇が目指した律令国家・日本の象徴となりました。
藤原宮跡|"律令国家・日本"を示す王宮跡。史上初の都城はこうして完成した!
藤原宮跡は奈良県橿原市にある特別史跡。飛鳥時代末期に築かれた藤原京の王宮跡です。藤原京は天武天皇と持統天皇によって築かれた史上初の都城で、その中央に朝堂院・大極殿院・内裏などを有する藤原宮が置かれました。持統・文武・元明3代の天皇によって利用されました。
飛鳥池工房遺跡|最古の鋳造貨幣と天皇号木簡が出土した飛鳥時代の官営工房
飛鳥池工房遺跡は奈良県高市郡にある国史跡。飛鳥時代の工房跡です。ガラス製品や金・銅などの金属製品の生産が行われたほか、天武天皇の時代には富本銭が鋳造されました。最古の天皇号木簡も出土しています。
水落遺跡|飛鳥時代の時計台跡。日本で最初に時刻を告げたのは中大兄皇子!
水落遺跡は奈良県高市郡にある国史跡。飛鳥時代に中大兄皇子によって築かれた漏剋台の遺跡です。付近からは異民族の服属儀式に用いられた須弥山石や石人像(ともに重文)も出土。中央集権化を図るため、天皇による時間と領土の支配思想を内外に示した場所だと考えられています。
酒船石遺跡|斉明天皇の祭祀施設か?亀形の導水施設と謎の酒船石
酒船石遺跡は奈良県高市郡にある国史跡。切石が積まれた石垣や酒船石と呼ばれる謎の石造物のほか、亀形石槽を用いた導水施設が発見されました。これらは斉明天皇が築いた祭祀施設の跡だと考えられています。
飛鳥宮跡|4つの王宮が重なる場所。飛鳥時代の中心地はここだった!
飛鳥宮跡は奈良県高市郡にある国史跡。飛鳥時代に築かれた王宮跡です。この場所には岡本宮、板蓋宮、後岡本宮、浄御原宮の4つの王宮が築かれました。このうち後岡本宮の内郭や浄御原宮の東南郭の遺構が見つかっています。
多胡碑|奈良時代の地方官人"郡司"ってどんな仕事?【上野三碑で学ぶ】
多胡碑は群馬県高崎市にある特別史跡。奈良時代に立てられた石碑です。碑文には、上野国多胡郡が711年に建郡された内容が記されており、奈良時代の郡司を務める人々の想いをうかがい知ることができます。
大友氏遺跡|宗麟(義鎮)の館跡庭園。キリシタン大名の壮絶な生涯とは?
大友氏遺跡は大分県大分市にある国史跡。戦国時代に北部九州を支配した大友義鎮(宗麟)の館跡や庭園遺構です。周辺から出土した遺物とともに、戦国期豊後国のキリスト教文化や南蛮貿易の様子を伝えます。
月山富田城|中国地方争奪戦の舞台。大内・尼子・毛利氏の戦い
月山富田城は島根県安来市にある国史跡。出雲を支配した尼子氏の居城で、戦国時代の山城の特徴を残しています。中国地方の覇権を巡って大内・尼子・毛利が争う主要な舞台になりました。
出雲国府跡|古代の地方都市はどんな景観?出雲風土記から復元してみた
出雲国府跡は島根県出雲市にある国史跡。奈良時代に整備された政庁跡です。近くには出雲国山代郷遺跡郡や出雲国分寺跡なども立地しています。周辺の遺跡を辿っていけば、奈良時代における地方都市の様子を垣間見ることができます。
鴻臚館跡|古代の迎賓館跡。日本の外交政策は平安時代にどう変わった?
鴻臚館跡は福岡県福岡市にある国史跡。平安時代の外交拠点跡です。海外との貿易交渉に使われたと見られる建物の遺構が残っており、唐や新羅の陶磁器が出土しています。ここで国家による統制のもと民間貿易が行われました。
鬼ノ城|唯一の復元された古代山城。天武朝に大宰・総領が築いたか?
鬼ノ城は岡山県総社市にある国史跡。飛鳥時代に築かれたと見られる古代山城です。石垣や土塁、建物跡などが残り、城門が復元されているものの、いつ誰が何のために築いたのか、謎の多い遺跡です。
讃岐城山城|長大な石塁が残る古代山城。神籠石は中大兄皇子が築いたのか?
讃岐城山城は香川県坂出市にある国史跡。飛鳥時代に築かれたと見られる古代山城です。石垣や土塁、唐居敷(門礎石)などが残るものの、いつ誰が何のために築いたのか、謎の多い遺跡です。
石城山城|4つの水門が残る古代山城。神籠石は地方豪族が築いたのか?
石城山城(石城山神籠石)は山口県光市の国史跡。飛鳥時代に築かれたと見られる古代山城です。石垣や土塁、唐居敷(門礎石)などが残るものの、いつ誰が何のために築いたのか、謎の多い遺跡です。
御所ヶ谷城|巨大な中門が残る古代山城。神籠石は斉明天皇が築いたのか?
御所ヶ谷城(御所ヶ谷神籠石)は福岡県行橋市にある国史跡。飛鳥時代に築かれたと見られる古代山城です。石垣や土塁、建物跡などが残るものの、いつ誰が何のために築いたのか、謎の多い遺跡です。

























